ウェザーニュース

雨雲レーダー

ブログリンク集

  • From 神戸・芦屋・西宮
    あっちこっちの街を歩き、身近な生活情報とプロレスの話が中心、まさるさんのブログです
  • 山のつれづれ
    兵庫県を中心に、広く西日本の山々を訪問されている「ちゅた」さんの、山と自然とアウトドア満載のブログです。
  • 山とカヌーの休日
    西日本や信州の山々、そしてカヤックなど、アウトドアを中心に活躍されている「ころぼっくる」さんのブログです。

« 江戸時代にタイムスリップ?ー時代劇の似合う町・近江八幡ー | トップページ | 紀伊半島(三重県)の山中、坑道跡を行く異色のレールマウンテンバイク-瀞流荘駅から湯ノ口温泉駅へ- »

2015年5月 1日 (金曜日)

開通後わずか15年で廃線-出石鉄道廃線跡を訪ねてー

兵庫県北部に位置する豊岡市。かばんの産地として知られる人口8万人ほどの街です。一方、現在豊岡市となっている出石(いずし)地区(旧出石町)は、出石藩の城下町として栄えた歴史を持ち、現在でも但馬の小京都として知られています。兵庫県北部に山陰本線が計画された時、この出石を通るか、通らないかで、いくつかの案が出されましたが、結局、出石地区は通らないことに決定。山陰本線は和田山から円山川沿いに豊岡市中心部へと抜けるルートとなってしまいました。

Up15042601

その結果、城下町だった出石地区は鉄道の恩恵を受けられないことになり、地元の手で山陰本線と結ぶ軽便鉄道の建設が進められることとなりました(写真は山陰本線江原駅)。この辺りの事情は、同じ兵庫県内の城下町、篠山と似たところがありますね。

Izusi01400

それでは、今回の位置図です。豊岡駅の南東に出石地区がありますが、軽便鉄道は出石の西方向にある江原駅と結ぶように建設されました。図中の四角は、これから示す詳細図の範囲。図1、図2、図3として、以下掲載していきます。

Izusi02402

では、その図1です。出石鉄道は、現在の江原駅北側から、すぐに東方向に分岐。難所を避けるように、うねるような線形となっていました。

Up15042602

1番地点です。山陰本線から、すぐに右方向へ分岐していた地点ですが、カーブの痕跡は、ほとんど残っていません。出石鉄道の休止は昭和19年(1944年)であり、すでに71年が経過しています。

Up15042603

しかし、その先は、住宅街の中の路地として現存。(2番地点)

Up15042604

3番地点で、円山川を渡る鉄橋に向けて、一気に左急カーブ。しかし、この道はカーブ最初の部分だけが鉄道跡であり、この道よりも更に急カーブで廃線跡は左手の建物部分へと入ってしまい、追跡できません。

Up15042605

円山川を渡っていた地点(鶴岡橋梁跡地・4番地点)です。右手に残っている橋脚は、旧国道のもので鉄道のものではありません。出石鉄道は左手の山際から、川向こうに見えている藪付近(一番左の橋脚の真上付近)へ向けて渡っていました。

Up15042606

その後は、のどかな田園風景を行くコース(5番地点)。

Up15042607

しかし道は、急に二股となってしまいました。6番地点です。ここからは農地として整地されてしまい、痕跡が残っていません。廃線跡は、ここから正面に見える、山の左端へ。

Izusi03402

続きの図(図2)です。

★↓写真をクリックすると拡大表示します↓★

Up15042608b

田園地帯を抜けた鉄道は、7番地点で山のすそ野へ。ここには見事な築堤跡が残っていました。今にも、小さな汽車が向こうから姿を現しそう・・・。

Up15042609

そして、7番地点の少し東側、小川を渡る部分には橋台の跡も。

Up15042610

鉄道は山すそに取り付き、築堤で徐々に高さを上げていきます。この写真では、道の右側に見えている斜面の上が廃線跡。(8番地点)

Up15042611

そして9番地点です。ここから正面の山(ほぼ写真中央から右付近)へと渡っていました。ここは大築堤を築いて、向こう側の山へと入っていましたが、後年、全て切り崩され、痕跡は残っていません。

★↓写真をクリックすると拡大表示します↓★

Up15042612b

しかし山を登りきった片間峠(10番地点)には、はっきりとした廃線跡が残されていました。国道482号線と並んで峠を越える、廃線跡。

Up15042613

鉄道開通は昭和4年。それから、わずか15年で戦時中の不要不急路線に指定となり、鉄路は失われました。ここに響いた鉄道の音が戻ることは、もうありません。

Up15042614

その先で、国道482号線から右に外れるように分岐する道(11番地点)。この付近も当時は築堤で高さを稼いでいたようですので、これは廃線跡ではないようです。

Up15042615

その先にはホームらしき跡が、分かりやすく残っていました。地区的に小坂村駅跡と言えそうですが・・・実は、これはよく分かりません。

Izusi04402

終点、出石まであと少し。図3です。

Up15042616

12番地点から国道482号線と分かれ、廃線跡は再び田園地帯へ・・・。

★↓写真をクリックすると拡大表示します↓★

Up15042617b

13番地点まで来ました。舗装道路ではなくなり、ここに鉄道が走っていたことを実感できるような風景。

Up15042618

そして右カーブして、鳥居地区に入ります。

Up15042619

鳥居地区には、鳥居駅のホーム跡が残っていました(14番地点)。高さも大きさも大したことはなく、知らなければ、そのまま通り過ぎてしまいそうなほど。

Up15042620

その直後、わずかに残る路盤跡。この先は、出石川の崖にとりつき、山の向こう側へと抜けていきます。

Up15042621

そして15番地点です。途中まで国道426号線となっていますが、右へとカーブする国道に対して、廃線跡は、このまま直進。

Up15042622

廃線跡の道が現われると、終点「出石駅」は、もうすぐです(16番地点)。

Up15042623

そして終点「出石駅」付近に到着しました。出石グランドホテルの東側、この写真より右側が出石駅の構内。と言っても出石の町に近いせいか、建物も多く建ち並んでおり、駅があった痕跡は、ほとんど残されていません。

Up15042624

しかし道路沿いの空き地に、よく見るとホーム跡が残されていました。分かりにくいですが、縦方向にのびている白いコンクリートが、かつてのホーム。70年以上経った現在でも、ここに鉄道が来ていたことを示す、貴重な証拠です。

Up15042625

そして出石駅跡から、出石町の中心部へ。

Up15042626

出石藩の城下町として栄えた出石は、出石そばを始め、名物もたくさん。GW間近の町は観光客も多く訪れていました。

そして、お知らせです。

Up15042627

豊岡市にある豊岡市立歴史博物館「但馬国府・国分寺館」では、5月6日までの予定で「最初で最後の出石鉄道展-休止70年記念-」を開催中です。

Up15042628

先ほど訪れた出石鉄道の図もありました。やはり小坂村駅と思えた地区(11番地点)には、駅の表示はなく、こちらでは12番地点に大谷駅となっていますね・・・。

Up15042629

少し謎が残りましたが、展示内容は豊富で、貴重な資料もたくさん。

Up15042630

ちょうど郷土史家、中村英夫さんの講演も行なわれており、部屋は満員となっていました。

山陰本線のルートから外れ、鉄道の恩恵を求めながらも、わずか15年で消えた軽便鉄道。休止から70年以上、地域にくっきりと面影を残す、出石鉄道廃線跡でした。

★廃線跡と鉄道関連は、こちらもどうぞ★

旧国鉄五新線(阪本線)を訪ねて【第一部】

クリスマス寒波で大雪の山口路-復興祈願のSLクリスマス号-

西宮市に残る日本最古の「ねじりまんぽ」と謎の貨物線ー近代化への痕跡ー【序章】

幻の新幹線計画(大阪-神戸)-闇に消えた弾丸列車構想-【第一章】

往年の名車から最新のリニアまで-JR東海のリニア・鉄道館-

しあわせランド四国-坊っちゃん列車と旧内子線-

愛媛県内子町に消えた盲腸線、内子線-過去への招待-

六甲山に眠るロープウェイ駅の廃墟-幻の六甲登山ロープウェイ-

休止から70年-いまだに痕跡を残す国鉄有馬線を訪ねて-

市街地に残る鉄の道-姫路市・飾磨港線-

鍛冶屋線の廃線跡サイクリング【前編】-西脇市⇔鍛冶屋26.4km-

鍛冶屋線の廃線跡サイクリング【後編】-思い出の鉄路とともに-

廃線跡ハイキング-テーマパークに消えた桜島線-

廃線跡ハイキング・福知山線支線、尼崎港線

横浜臨港線から山下臨港線を訪ねて

廃線跡ハイキング・神戸臨港線

Iso4zblog_2ブログトップページはこちら

« 江戸時代にタイムスリップ?ー時代劇の似合う町・近江八幡ー | トップページ | 紀伊半島(三重県)の山中、坑道跡を行く異色のレールマウンテンバイク-瀞流荘駅から湯ノ口温泉駅へ- »

コメント

その昔、日高劇場という映画館で映画「君の名は」を見た覚えからYouTubeで今再びそれを見て感動!?しております。ふと何気なくページをめくっていますと「出石鉄道」が飛び込んできました。出石鉄道の在りし頃の展示会があったそうですが、貴重な写真の数々ありがとうございました。
 尚、昭和34年ころですが、私が鶴岡城あとの高台から煙を吐きながら豊岡方向に向かう列車を撮影したものに出石鉄道の橋脚が映っていますのでよろしければお送りしますがいかがでしょうか。

上村様、コメントありがとうございます。
出石鉄道は短命に終わった鉄道だったようですが、現地には、いまだに数多くの痕跡が残り、小さな軽便鉄道の走る姿を思い浮かべながら散策致しました。
昭和34年頃の写真とのことですが、大変ありがたいお申し出ながら、当方はブログ内(ネット上)のこととなりますので、実際にお送り頂く方法としましては、いろいろと難点があろうかと思います。データとしての送付が可能なようでございましたら、一度、プロフィール欄に記載しておりますメールアドレスまで、連絡をお願い致します。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/449627/59827317

この記事へのトラックバック一覧です: 開通後わずか15年で廃線-出石鉄道廃線跡を訪ねてー:

« 江戸時代にタイムスリップ?ー時代劇の似合う町・近江八幡ー | トップページ | 紀伊半島(三重県)の山中、坑道跡を行く異色のレールマウンテンバイク-瀞流荘駅から湯ノ口温泉駅へ- »

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

Remember BOX

※お知らせ※

無料ブログはココログ