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2014年3月23日 (日曜日)

池田動物園と京山ロープウェイ遊園(岡山スカイガーデン)跡を訪ねて

中国地方の東に位置する岡山市。人口70万人を超え、2009年(平成21年)には政令指定都市となって、新たに大都市の仲間入りを果たしました。その岡山市内で数少ない遊園地が、1956年(昭和31年)に開園した京山ロープウェイ遊園です。しかし1998年(平成10年)に閉園となり、岡山スカイガーデンとして再オープンしたものの、これも2007年(平成19年)に閉鎖。半世紀に及ぶ歴史に終止符を打ちました。今回は、ふもとで現在も営業を続けている池田動物園と合わせて、このロープウェイ跡を訪ねてみたいと思います。

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ということで、岡山駅より市街地を北西方向に少し。小さな山の麓にある池田動物園です。この動物園は、山の斜面を利用した敷地となっているのが特徴で、全ての動物たちを見ながら、ちょっとしたハイキング気分を楽しむことができます。しかし、特筆すべきは何と言っても、ここが1953年(昭和28年)に元岡山藩主、池田家の子孫である池田隆政の手によって作られた動物園であること。池田隆政氏の夫人は、昭和天皇の皇女で、元親宮厚子内親王である池田厚子様であり、ここは将軍家と天皇家の夫妻による動物園となっています。

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そして、その園内には、こんなものも。

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大変古い、小さな蒸気機関車が保存されていました。井笠鉄道の文字が見えます。井笠鉄道とは山陽本線の笠岡駅から、内陸の井原方面を結んでいた軌間762mm(ナローゲージ)の軽便鉄道で、1971年(昭和46年)に廃止されました。

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機関車には、ドイツの製造メーカー、オーレンシュタイン・ウント・コッペル(Orenstein & Koppel)の銘板が。1913年と、今から100年以上前。

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雨ざらしとなっていますが、屋根つきの展示場が欲しいところ。

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そして、その機関車の後ろには、西大寺鉄道と書かれた客車と貨車が。こちらは岡山市内から東部の西大寺地区へ向けて営業していた鉄道。1962年(昭和37年)に廃止となりました。こちらの軌間は914mmという特殊なもので、井笠鉄道の機関車との組み合わせはあり得ない光景ですが、狭軌鉄道同士であり、雰囲気は出ていますね。

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池田動物園の保存車両でした。

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すっかり鉄道ネタと化していますが、園内はレッサーパンダなどの珍獣もいて、500頭以上という動物たちを見ることができます。ウシやヤギの仲間などには、自販機で売られているエサ(1セット150円)を与えることも可能。

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と、(動物園に来ときながら)動物の話題もそこそこに、次は動物園のとなりにある「京山ロープウェイ遊園」のロープウェイ跡地です。

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廃止後7年。駅は、そのままの形で残っていました。

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駅前には、岡山スカイガーデン閉鎖の案内が、今もそのまま。

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切符売り場の案内表示もそのまま。ロープウェイのゴンドラは撤去されていますが、その他の施設は廃止した瞬間から、ほとんど手を付けていないようです。

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駅前からは、ロープウェイが走っていた跡地を見ることができました。山頂の駅がすぐ上に見えています。高低差は、わずか60mほど。ロープウェイが必要だったかどうかも分からないような距離に見えます^^;

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ロープウェイの走っていた斜面に、京山登山道が整備されていましたので、そのまま山の斜面へ。振り返ると「山麓えき」跡の全景が見えました。

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高低差は大したことありませんが、直進するロープウェイの斜面のため、なかなかの傾斜。上へ行くだけなら池田動物園内からも行くことができ、そちらの方が斜度は緩やかです。(ただし別途動物園の入園料が必要です。またゲートがあり、上から動物園内に帰ってくる(入る)ことは出来ません)

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振り返ると、こんな感じ。岡山市街地が見渡せました。

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そして登山道は、元の「山頂えき」真下へ。コンクリート製の構造物が、異様な迫力でせまってきます。

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駅のホームへ直接上がる階段が設けられており、登山道からそのまま元の駅構内へ入ります。

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登山道としても、もう訪れる人は少なそう。寂れた「山頂えき」・・・

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放置された駅は、早くも荒廃が進んでいました。

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そして、山頂の駅跡からすぐ見えるのが、こちらの建物。元の京山ロープウェイ遊園のシンボルだった京山タワーです。現在は京山ソーラーグリーンパークとして、太陽光発電を利用した植物栽培などの研究施設となっており、事前予約すれば中の見学も可能。

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京山タワーの前には、高さ20mほどの小さな観覧車がありましたが、現在は撤去され、太陽光パネルの設置スペースとなっていました。

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老朽化が進み、周辺の展望スペースも一部が立ち入り制限となっていましたが、それでも、山頂からは岡山市街地の眺めを楽しむことができます。写真は、展望スペース下で朽ち果てていく、展望の説明板。

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親子連れで長年賑わったであろう、小さな遊園地。その名残を留めつつも、風化が進んでいた岡山市内の京山ロープウェイ遊園跡地でした。

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コメント

私は大阪市出身で岡山市在住です。 岡山市の京山ロープウェイと池田動物園の記事大変勉強になりました。自宅から300メートル位ですが知らない事ばかりでした。ありがとうございます。 詳しいですねー。 私も若い頃大阪、神戸を本拠地にしてましたから六甲アイランドのMOVIX閉館の記事等懐かしく思い出しました。 数年も前に閉館してたんですね。またよろしくお願いします。

としさん、はじめまして。コメントありがとうございます。
京山の近くに住んでいらっしゃるのですね。私がいた頃は、近くにあるツシマモールも中鉄津島モールでした。中鉄は、中鉄バスのことで、元は中国鉄道(中國鐡道)として、今の吉備線と津山線を経営していた私鉄でしたので、岡電といい、岡山は鉄道とつながりのあるバス会社が多いですね。両備バスも西大寺鉄道ですし、下電バスも下津井電鉄ですし・・・。えーと、宇野バスは??
脱線しましたが、MOVIX六甲は、あの後、半年後にシネウェーブ六甲として再オープンを果たしました。しかし、当ブログで紹介する間もなく、2011年の暮れにこれも閉鎖されてしまっています・・・六アイはちょっと厳しいですね。三宮シネフェニックスも閉館しましたし、神戸も映画館が寂しくなってしまいました・・・。
岡山のネタも、今後も紹介したいと考えていますので、よろしくお願い致します^^

京山ロープウェイで検索していたらこちらへ来ることができました。

懐かしいですね。自分が小学校のころ、夏休みになったら
行っていましたよ。当時の記憶が呼び起されます。
ゲームコーナーやお化け屋敷がよかったなぁ。
こういった娯楽はもう見ることが難しいです。

素敵な記事をありがとうございました。

たかさん、コメントありがとうございます。
古い記事ですが、見つけて頂き、ありがとうございました。
大きなテーマパークや自然公園などと異なり、素朴な遊園地は全国的に少なくなっていますね。京山ロープウェイ遊園も、よく最近まで残っていたものだと思います。行き交うロープウェイの姿を、当たり前のように眺めていましたので、何もなくなると寂しい感じがします。
遊園地とは違いますが、先日8月21日には、津高地区にあったスーパー「イズミヤ」が閉鎖となりました。まわりに店の少なかった時期から営業しており、あの地域では存在感のあったスーパーでしたので、がらんとした最後の姿を見るのは、とても寂しいものを感じました。岡山も、少しずつ変わっていきますね。

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