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2013年10月 8日 (火曜日)

姫路市内の弾丸列車建設ルートを訪ねて【第八章検証編】

第八章の考察により、その概要が浮かび上がった姫路市内の弾丸列車ルート。そのルートは現在、どのような様子となっているのか・・・その概要を実際に確認しながら、今回は、現地を加古川バイパスから姫路市内、そして新姫路駅予定地へ。第八章からの続きです。

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こちらは、第八章で浮かび上がった弾丸列車ルート全体図(図1)です。それでは、さっそく加古川バイパスから西へと、そのルートを追ってみることにしましょう。

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ということで加古川バイパス終点のカーブ部分です。姫路バイパスへの接続部は急な左カーブとなっており、もちろん弾丸列車(新幹線)のカーブ規格ではありません。推定ルートは、そのまま直進。と言っても、前方には採石場で削られた荒々しい山肌が立ちはだかっています。

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その地点からの想定ルート、詳細図(図2)は、こちら。

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まず1番地点、加古川バイパスから見えていた山の前に来ました。小さな川を越え、この樹木の生い茂った地点から、トンネルへ突入。

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そして山の裏側、2番地点へ。東方向を見ています。想定ルートは、左手に見える樹木と建物の間付近からこちらへ。その向こうに見えている緑色のネットは、魚橋富士ゴルフセンターというゴルフ練習場のもの。

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同地点から西を見たところ。想定ルート上は、コスモス咲き乱れる空き地となっていました。前方の丘は高さが低いので、ここに建設されたとすれば、切り通しとなったと思われます。

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そのコスモスです。現地訪問日はまだ暑い1日でしたが、少しずつ秋の気配。

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そして、その西側(3番地点)です。平成23年に移転し、この地に開校したばかりの高砂市立阿弥陀小学校(写真左端)の校庭部分をかすめて、正面に見える集落の北端付近から再び山へ。

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そしてトンネルを抜けた先の4番地点・・・と言っても、ここは現在、私立の白陵中学・高等学校の敷地となっており立ち入りできません。。。って、校門には歓迎「白陵祭」の文字が。そう、文化祭や体育祭では、学校は一般開放されています。これで堂々と見学OK。

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想定ルートは、体育館前から学校の校庭を通過。ちなみに白陵中学・高等学校設立は1963年(昭和38年)。これは1950年代後半に大阪以西の弾丸列車計画が完全に潰えた後ですので、矛盾はありません。ここに新幹線が走っていたかも知れなかった訳ですね。

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そして、その先の5番地点から、白陵中学・高等学校を振り返ります。正面にうっすらと見える四角い建物が学校の記念棟。先ほど見ていた想定ルートは、その少し右側となります。

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ひめじ別所駅が近付いてきました。そこから先の詳細図(図3)です。

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ひめじ別所駅は2005年(平成17年)に新しく開業した駅。ちょうど駅前を東西に走る道路は、山陽本線に対して少し斜めとなるような形となっており、これは弾丸列車の想定ルートと、ほぼ一致しています。

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ひめじ別所駅のすぐ西側(6番地点)です。斜め方向に来た道路が、山陽本線に沿ってカーブしています。弾丸列車想定ルートは、これをそのまま直進。山陽本線と現在の山陽新幹線と交差します。

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こちらは、現在の山陽新幹線車窓から見た弾丸列車想定ルートです。真下に見える畑の左側、右上へと斜めにのびる空き地部分が、弾丸列車の想定ルート。

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その後、株式会社齊藤製作所をかすめて・・・

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播但連絡有料道路が山に接するあたりから、〔御着〕南山に突入(7番地点)。ここは姫路工業団地の南東端部分です。姫路工業団地の設立は1962年(昭和37年)であり、〔御着〕南山の北側を取り囲むように敷地が広がっています。

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その〔御着〕南山は、御着南山公園として遊歩道が整備されており、上まで登ることができます。西方向を見渡すことができました。想定ルートは、左斜め下から山を出て右上の山のふもとへ。と言っても分かりにくいので、下に想定ルート位置を示してみます。

★↓写真をクリックすると拡大表示します↓★

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想定ルートは、こんな感じ。奥に見える山の手前から半径2,500mのカーブに入ります。ちなみに図3には、御着駅から南へ伸びる線を描きましたが、これは戦時中に敷設されていた鉄道路線の位置。実は、この写真の真下、この山のふもとにも鉄道があったのです。この鉄道は当時白浜地区にあった軍事施設に向けた軍用貨物線でしたが、西宮市で弾丸列車建設に伴う貨物線計画があったように、新幹線建設と貨物線建設は決して無縁とは言い切れません。御着駅から分岐していたこの鉄道路線は、弾丸列車計画に伴い、その建設が急がれた可能性もありそうです。ちなみに山陽新幹線建設においても、資材運搬に赤字ローカル線だった室木線(1985年廃止)が活用されました。別所で山陽本線を横断する地点には、現在大きな貨物ヤードがありますが、当時は駅はもちろん貨物ヤードも存在していませんでした。御着からの貨物線跡については、また機会があれば訪ねてみたいと思います。

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そして、ふもとに下りて8番地点です。ここから西へ。

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直線上に空き地、工場、そして田園が続いています。道も一直線。この写真は9番地点手前から東方向を振り返ったところ。

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そして9番地点の姫路四郷郵便局前です。ここは、正に半径2,500mのカーブ開始地点。合わせるように道も緩やかに左カーブ。想定ルートと完全に一致していますが、この道のカーブが弾丸列車建設の痕跡か、それとも偶然なのかは分かりません。

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そして山を越えて、森口氏が示した東阿保(あぼ)チビッコ広場へ。正面の建物の向こうがチビッコ広場です。こちら側は公民館の敷地。鉄道の建設計画地を暗示するかのように、貨物のコンテナが置かれていました。

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そして森口氏が示した、もう1ヶ所、阿保橋南側の用地買収地点(11番)を通過、想定ルートは市川を渡ります。

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そして、そこから先の詳細図(図4)は、こちら。

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12番地点、姫路市南条地区です。ここからは姫路の市街地となっているため、想定ルート上を歩いていても、鉄道計画の痕跡を感じることができません。

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こちらは13番付近。姫路市役所も近い場所。街路はタテヨコの四角形となっているため、斜めに移動していくのは大変です。

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そして姫路バイパスを越えて、旧国鉄の亀山駅跡(14番)へ。新姫路駅が設置される予定だったと言われている場所です。すぐ近くには山陽電鉄亀山駅もあり、ここに新幹線の駅が出来たとすれば確かに連絡も申し分ありません。在来線との連絡は播但線とする資料も見ており、この付近に新姫路駅が設置される予定だったと考えて間違いなさそう。

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そして、そこから西へ一直線。玉手交差点(15番)です。森口氏の本には「この付近では車両基地分の土地が確保されていたようだ」と、書かれていましたが、確かに当時の資料を見ると、新姫路駅に続いて姫路機関区の設置が予定されていたことが分かります。そして当初の予定では、ここ姫路までが電気機関車による運転であり、ここから西は蒸気機関車による運転計画だったとも。

※当時は機関車牽引が当たり前であり、高速鉄道も例外ではありませんでした。今でもTGVなど、海外の高速鉄道のほとんどは動力集中方式、つまりは機関車方式です。新幹線のような電車方式は動力分散方式と呼ばれています。

★↓写真をクリックすると拡大表示します↓★

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玉手交差点の周辺には、今でも広く平らな土地が広がっていました。新姫路駅につながるように、その構内として姫路機関区が設置され、完成の暁には、ここに多数の列車が並ぶ・・・それが巨大な新姫路駅の全容であり、そう考えると「姫路駅、飾磨駅、広畑三者の描く三角地点の中心付近」という新聞記事の表現も理解できます。もちろん、もしも弾丸列車計画の用地が放棄されることなく山陽新幹線に引き継がれていたとしても、ここに新幹線の車両基地が出来ていたかは定かではありませんが、現在の山陽新幹線で近い形態を挙げるとすれば、岡山駅とその西の車両基地のような感じと言えるしょうか。

弾丸列車構想を追って姫路市へ。この先は英賀保駅付近から山陽本線と並走し、その後赤穂線沿線を経由して岡山市に入り、宇野線大元駅付近に新岡山駅を設ける予定となっていたと言われています。私個人の力では、そこまでの調査はとても出来そうにありませんが、ちょっと気になるのは、このシリーズを続ける中で、途中の空白として残った明石周辺。伊川谷から明石北方、大久保北方・・・そのルートはどこだったのか・・・

★↓続きは、こちら↓★

明石周辺に乱立する鉄道計画の謎-軍事都市に消えた痕跡-【第九章】

★前回までの弾丸列車構想については、こちらをどうぞ★

西宮市に残る日本最古の「ねじりまんぽ」と謎の貨物線ー近代化への痕跡ー【序章】

幻の新幹線計画(大阪-神戸)-闇に消えた弾丸列車構想-【第一章】

よみがえる大阪-神戸の弾丸列車構想-知られざる近代化への道-【第二章】

日本最長のトンネル計画-国鉄の描いた弾丸列車構想-【第三章】

混沌と矛盾の新大阪駅-戦時下に隠された弾丸列車構想-【第四章】

阪神間の弾丸列車構想ルート完結編-そして舞台は神戸市へ-【第五章】

神戸の山中に眠る弾丸列車構想-新神戸駅と謎の軍用道路-【第六章】

ラインが結ぶ弾丸列車構想-神戸・明石建設の謎-【第七章】

神戸市内の弾丸列車建設ルートを訪ねて【第七章検証編】

姫路市内に弧を描く幻の新幹線ルート-加古川から新姫路駅へ-【第八章】

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