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2013年4月21日 (日曜日)

愛媛県内子町に消えた盲腸線、内子線-過去への招待-

愛媛県の県庁所在地、松山市。そこから1時間ほど西へ行った山間に、内子町という小さな町があります。現在の内子駅は、予讃線(幹線)の特急が停車する立派な高架駅となっていますが、内子駅から西へ3駅先の新谷駅までの、わずか5.3kmだけが地方交通線の内子線として残っており、幹線である予讃線に両側から挟まれる形となっています。

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こちらは、大洲市から内子町への地図(全体図)です。伊予大洲駅を出た予讃線の特急は、新谷駅から内子線を通って内子駅へと向かい、そこから再び予讃線に戻って、松山方面へと走ることになります。なぜこのような細切れとなったのか・・・それには理由がありました。元々の内子線は、予讃線の五郎駅から分岐して内子駅で終点となる盲腸線。五郎駅-新谷駅を廃止して、伊予大洲方面へ予讃線の支線を建設し、五十崎(いかざき)駅から内子駅周辺も路線を変更して、新しく建設した松山方面への予讃線と接続。新たな幹線ルートの一部として、生まれ変わった・・・ここは国鉄最後の新線開通区間。1986年(昭和61年)のことでした。

※今回は、趣向を変えて1989年へタイムスリップ。経路変更となってから3年後の世界へ・・・五郎駅から新谷駅へ、そして(新)五十崎(いかざき)駅から内子駅へと、この廃線跡をたどってみたいと思います。

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という訳で、1989年の予讃線五郎駅にやってきました。日付は4月30日、時刻は午前7時46分。内子線の経路変更(一部区間の廃止)から、すでに3年以上が経過しています。乗ってきた列車が去り、誰もいなくなったところで、さっそく元々の内子線ホームへ。五郎駅は1、2番線が予讃線、3番線が内子線となっていましたが、今(1989年時点、以下同様)では片面1線となってしまっており、1番線のみしか使われていません。以前あったベンチや屋根などは全て取り払われ、ホームは無残に荒れ果ててしまっていました。その中で、ただ1つだけ残っていたもの・・・「五郎」と書かれた駅名表示板。ここから内子線が分岐していたことを証明するかのように、その次の駅の表示は「にいや」となっていました。

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この付近の拡大図(図1)は、こちら。全体図の左の四角形の範囲です。1番が先ほどの五郎駅の位置。本来の内子線は、ここから新谷駅方面へと分岐していました。

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廃止から3年。草の生い茂る、かつての線路を新谷駅方向へと進みます。図の2番付近です。はるか前方には、新設された伊予大洲方面への予讃線新線の高架が見えてきました。

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途中には、現役当時のままの踏切も。盲腸線時代の内子線は、輸送人員の大変少ない、超閑散線区であり、1日の運転本数は、わずか8本でした。

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そして図中の3番、予讃線新線と合流。内子線は1920年(大正9年)に私鉄の愛媛鉄道の手により開業しましたが、当時は伊予大洲駅から分岐する形となっており、この予讃線新線の開通により、再び元に戻った形となりました。国有化後の1935年(昭和10年)に、五郎駅分岐となりましたが、これは大洲方面よりも、松山・高松方面への連絡を重視したためと思われます。当時は海岸経由(伊予長浜経由)の予讃本線が松山方面への基幹路線であり、内子線への貨物列車も運転されていました。

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さて新谷駅から先しばらくの間は、内子線は廃止されずに、特急も運転される区間として存続しています。新しく開業した五十崎(いかざき)駅から、再び経路変更に伴う廃線跡あり、終点内子まで続いています。全体図の右側の四角部分であり、拡大図は上図(図2)の通り。

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そして、こちらが内子線新線と旧内子線の分岐地点(図の4番)。前方が伊予大洲方面です。勘違いし易いですが、旧内子線は新谷駅側から来ると、新線に対して左へと分岐していました。

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そして、旧内子駅方面へ向けて右カーブ。(5番の地点)

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その先には、草に埋もれるように7キロポストが残っていました。ちなみに、当時の営業キロは、五郎駅を起点として、新谷駅が3.7km、喜多山駅が4.7km、五十崎駅が8.8km、内子駅が10.3kmでしたので、終点まではまだ3.3kmあることになりますね。

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ということで、ここから(旧)五十崎駅まで、まだかなりの距離があります。廃線跡上はヤブと化してしまっていますが、歩けないというほどではなく、下の畑を見下ろしながら築堤の上をもくもくと歩きます(7番地点)

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草に覆われた線路の上を、深い木々の中を、森林浴のように進んでいきます。歩いていると、4年前(1985年)の車窓が、記憶の中から蘇ってきました。五十崎で開催される大凧合戦を見に、この内子線に乗車したのは1985年の5月。まさに、ここは、その車窓から見た風景。走馬灯のように、あの日の出来事が浮かんでは消えていく・・・鉄道は単なる輸送手段ではなく、その線路上には行き交ったであろう、たくさんの人々、それぞれの思い出が残されているのですね・・・

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そして、ありました。内子線(旧線)唯一のトンネル。二本松トンネル(全長250m)、9番地点です。深い森に覆われた薄暗い山の中、黒くぽっかりと口を開け、不気味な光景。近付いて中を見ますが、カーブしているため出口の光は見えません。しかし、しばらく見続けていると、かすかに向こう側のトンネルの壁に光が。意を決して、トンネルの中へと足を踏み入れます。

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ひんやりとした空気が、私を包み、真っ暗なトンネルは思った以上に、私の恐怖心をかきたてました。懐中電灯など用意している訳もなく、本日は、なんと手ぶら。中央付近まで来ると、入口はカーブのために見えなくなり、なのにまだ出口も見えません。うっすらと壁を光らせていた外の光がだんだん強くなり、出口に達した時、思わず安堵の息をもらしました。

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その先は、1988年に映画のロケで、この内子線旧線が利用され、米山工業が復元させたSL(SL坊ちゃん号スタイル)が走ったところ(10番地点)。映画は、中村橋之介、薬師丸ひろ子、柳葉敏郎などが出演、早坂暁原作、山田洋次監督の「ダウンタウン・ヒーローズ」です。

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そして27‰(パーミル)の勾配標識(11番地点)を見れば、元の五十崎駅までは、もう少し。国道56号線をアンダークロスして、五十崎駅へ・・・

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五十崎駅(12番地点)は、荒れ果てていたものの、現役時代の状態のままで残っていました。現在の五十崎駅からは2kmほど離れており、市街地の位置からすれば、元々の駅の方が便利そうですが・・・

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廃止後3年で、早くも駅舎は朽ち果てようとしていました。雨も降り出して、傾いた駅名と共に、寂しさの漂う風景。。。

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そして、五十崎駅から内子の市街地へラストスパート。勾配を下ると新設された真新しい内子線の新線区間、高架橋が見えてきました(13番地点)。写真は五十崎方向への撮影。この先の(新)内子駅から松山方面は、再び予讃線となります。

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そして、線路は内子の市街地へ(14番地点)。パンダの絵柄が楽しい踏切表示。

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予讃線の幹線ルートの一部に組み込まれ、ルート変更により一部が廃止となったローカル線、内子線。現在の特急が走り抜ける高架線とは違う、懐かしい鉄道の風景が、そこにはありました。雨の強くなってきた内子の町・・・人通りも少なく、本当に静か・・・こうしてたたずんでいても、雨が線路にはじける音が聞こえて来るばかりでした。

★お知らせ★

1989年時点では、内子線の旧線区間がよく残っていましたが、現在では五十崎駅周辺区間は松山自動車道の建設工事、開通のため、国道56号線と共に大規模な改良工事が行なわれて、ほとんど痕跡をとどめていません。元の内子線の姿を、ここに記しておきたいと思います。この後、旧内子線では、一般向けにもSLの復活運転が行なわれるなど、イベントも開催されました。その模様も、また続編で紹介したいと思います。

24年前の愛媛県、内子町へのタイムスリップでした☆

★続編、坊っちゃん列車復活運転の模様は、こちらをどうぞ★

しあわせランド四国-坊っちゃん列車と旧内子線-

★2016年旧内子線に響くトロッコの音。イベントの模様はこちら↓★

四国に残る唯一の廃止路線の鉄路-廃線イベントで蘇る旧内子線-【前編】

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