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2013年3月28日 (木曜日)

休止から70年-いまだに痕跡を残す国鉄有馬線を訪ねて-

兵庫県三田(さんだ)市。ここに神戸電鉄との接続駅でもあるJR福知山線の三田駅があります。この1つ大阪寄りの道場駅から、武田尾駅を経て、生瀬駅までは旧福知山線の廃線跡があり、一部はハイキングコースとして大変有名な区間となっていますが、ここ三田駅から有馬温泉へと続く廃線跡があることは、あまり知られていません。それが国鉄有馬線です。国鉄改革の特定地方交通線問題で全国に生まれた廃線跡と違い、有馬線が消えたのは1943年(昭和18年)。今から実に70年前にもなります。今回は、この有馬線の痕跡を訪ねてみることにしました。

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こちらは神戸電鉄の神鉄道場駅です。三角屋根の駅舎が特徴的。実は、このホームのすぐとなりに国鉄有馬線の線路が並走していました。

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それが、こちら。正面の建物が神鉄道場駅です。そして緩く左にカーブするようにのびる掘割状の空き地。これが70年前に消えた国鉄有馬線の跡になります。

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この付近の有馬線の路線図です。国鉄有馬線は、現在の福知山線の三田駅の大阪側から南へと分岐し、途中の塩田駅を経て、現在の神鉄道場駅に達していました。先ほどの写真は、この地図に示した1番の地点からの撮影。(以下も図の番号を示しながら記述していきます) 神鉄道場駅付近で互いの線路は並行していたものの、神戸電鉄と接続する駅はなく、有馬線の新道場駅は少し南に離れた立地となっていました。

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こちらは同地点(1番)から、三田方面を振り返ったところ。この付近は空き地として痕跡を留めています。ちなみに塩田駅付近は整地が進み、あまり痕跡は残っていません。

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そして有野川を渡る地点(2番)です。ここには今でも橋台が残っていました。

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風化していますが、ここに鉄道があったことを示す貴重な遺構。

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同地点から有馬方面を振り返ったところです。この付近に新道場駅がありました。

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そして、しばらく廃線跡の雰囲気がよく残っている区間が続きます。この写真は3番の地点から有馬方面を見たところ。

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こちらは4番から三田方面を見たところです。

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しかし、そこから有馬方面を振り返ると、もう鉄道の痕跡はありません。

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しかし、そこから先も鉄道の痕跡は続いています。さらに南へと進んでみましょう。

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こちらは5番の地点。廃線跡の築堤が続く区間へと入ってきました。築堤の上は、一部のみ空き地となっているものの、ほとんどが深い藪に覆われており、上を歩くことはできません。

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しかし、中国自動車道と交差する地点まで、見事な築堤が続いているのを見ることができます。こちらは6番付近より。左へとカーブしながら、次第に高度を上げていく有馬線跡。

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その後、廃線跡は昭和49年に完成した中国自動車道西宮北IC部分に、その敷地を譲り、いったん完全に途切れます。しかし西宮北ICの東側に飛び出すように、再び廃線跡の道が現われます。写真は7番地点から有馬方面への撮影。真後ろは高速道路の防護壁。ゆるい右カーブの道が、ここが廃線跡であることを訴えているかのよう。

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その後は一直線に南へ。県道82号線を横切り、公智神社の前を通過。この付近が有馬口駅のあったところ。新道場駅からは3.7km、三田駅からは8.1kmの地点。

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そして、有馬川とぶつかる地点(8番)で、再び線路跡の道は途切れます。有馬線の線路は鉄橋で対岸へ渡っていましたが、この付近は住宅街の路地に消えています。

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しかし、途切れる区間はわずかで、高田上谷病院の南東側(9番)にすぐに廃線跡の道が復活。終点有馬まであと4kmほどに迫ってきました。

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その高田上谷病院(9番)から続く廃線跡の道。

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そして県道82号線をアンダークロス。

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しかし、すぐに阪神高速7号北神戸線にぶつかって、行き止まり(10番)となります。ここは2003年(平成15年)に開通した比較的新しい高速道路。ここには西宮山口南ICが設けられ、有馬温泉への玄関口になっています。

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その西宮山口南ICです。南方面へと建設中の道路が見えました。有馬温泉への狭く交通量の多い県道を改良する目的で、現在バイパス工事が進められています。そして正に、このバイパス工事部分が国鉄有馬線の跡地。

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こちらは11番付近です。有馬温泉方面へと工事が進められていました。国鉄有馬線の敷地はこの工事で大幅に拡幅しながら利用されており、鉄道としての痕跡は失われています。バイパスは有馬温泉直前で、国鉄有馬線と分かれて建設されており、図の緑のラインがそのバイパス部分。

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そして、国鉄有馬線の終点、有馬駅跡(12番)に到着です。現在は先山クリニックとミント・リゾートイン・アリマの敷地となっています。

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しかし振り返ると、駅の構内らしい雰囲気と、有馬温泉街が見えました。

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駅跡から県道へと出る道路。不思議と駅前道路という感じがして来るような気がします。昭和18年、戦時中に消えた国鉄有馬線。神戸電鉄と2つも温泉に行く線路はいらないと、不要不急路線に指定され、運休が決定されました。それから70年。結局、廃止という決定もうやむやのまま現在に至っているとのこと。もし、この鉄道が存続していたら、ここにJRの電車が発着し、大阪からの快速などが運転されていたのでしょうか。それとも結局、特定地方交通線に指定され消えていたのでしょうか。それは誰にも分かりません。今は、ここに国鉄の路線があったことさえ忘れ去られようとしていますが、まだ多くの痕跡を今に伝えている、国鉄有馬線の跡地でした。

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コメント

 国鉄有馬線、知りませんでした。東京からの寝台急行「出雲」が福知山線をSL3重連で走っている姿を見た記憶はありますが、ギリギリ戦後っ子なもので・・・。もちろん、生瀬~武田尾あたり、トンネルの度に窓の開け閉めを繰り返して、谷川まで、3時間も掛っていたのを思い出しました。ありがとうございました。

南太郎さん、こんばんは。
コメント、ありがとうございます。SL3重連の寝台特急出雲、しかも福知山線経由ですか。出雲と言えば山陰本線経由という印象で、福知山線経由もあったのは知りませんでした。現在は、サンライズ出雲となり、伯備線経由の電車寝台となってしまいましたので、本当に隔世の感がありますね。寝台特急という夜行列車すら、ほとんど残っていない現状は、少し前には想像できなかったかも知れません・・・
福知山線は客車列車時代に、生瀬~武田尾~道場の旧線をたどった覚えがあります。三田や篠山に行くのにも、本当に遠いところに行くんだなあ、という印象でした。谷川まで3時間もかかっていたのですね。有馬線のことは、私もあまり知らなかったのですが、廃線跡は70年経っているとは思えない区間もあり、大変面白く散策することができました。ここでは取り上げ切れなかった遺構もあるようですので、機会があれば、再訪問してみたいと思います。今後とも、よろしくお願い致します。

久しぶりに投稿させて頂きます。以前から戦前の六甲山地図を見てずっと気になっていた三田⇔有馬の有馬鉄道、レポートありがとうございます。大正4年から昭和18年まで走っていた線ですが、一度廃線跡をたどりたいなと思ってました。スタート後、鉄道省に買い上げられ、国鉄の一部として運行されてました。廃線後、線路や敷石は、篠山線に持っていき使われたと聞いてます。その篠山線も、今は無くなりました。
幼いころ、篠山盆地をトコトコと走っていた1両だけの篠山線の記憶がわずかに残っています。いそしずさん、今度は 篠山線の廃線跡をたどられませんか? Y.M

六甲山人さん、こんばんは。

有馬線は私鉄を国有化したものだったのですね。今回は、歴史を紹介することができませんでしたので、また別記事で、ぜひ紹介できればと思います。私鉄として営業されていたら、また違った歴史となっていたでしょうか…
篠山線への転用は知りませんでした。篠山線は、いわゆる国鉄改革での廃止とは違い、その前、昭和40年代の赤字83線区問題での廃止と聞いたことがあります。園部への延長も計画されていたとのことですが、未だ廃線跡を見たことはありませんので、ぜひ訪ねてみたいと思います。今後とも、よろしくお願い致します^^

はじめまして。
篠山に在住し篠山線のことを調べています。
昨年2月には廃線40周年の記念シンポジウムを開催させていただき、来年3月の開業70周年イベントを企てています。
お陰様でこの1年間は約20件の講演に招かれ、その度に『あったのにアリマセン』として篠山線と有馬線の関係を引用させて頂いていました。

松本剛様、こんばんは。

コメントありがとうございます。篠山線のことは、以前にも訪問しようと計画していたことがあったのですが、今回、有馬線との関係をお聞きし、改めて情報を集めておりました。その中で、開業70周年のイベントとして「篠山線に線路を」という記事を、丹波新聞というサイトで見かけ、これはと思っていたところ、このようなコメントを頂き、大変驚きました。ありがとうごさいます。そして、このような拙い記事に目を通して頂き、大変恐縮でございます。
来年の開業70周年イベントの成功をお祈りしております。篠山線は、ぜひ訪れてみたいと思っております。今後とも、よろしくお願い致します。

お返事ありがうございます。
篠山線調査の際には、是非お声かけ下さい。

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