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2012年5月 3日 (木曜日)

旧国鉄五新線(阪本線)を訪ねて【第一部】-奈良県五條市の山間に続く夢の跡-

奈良県五條市。吉野川(和歌山県では紀ノ川)の流域にあり、江戸時代の紀州街道の雰囲気を残す人口約3万人の町です。市中心部を東西に貫く国道24号線を走っていると、何やら奇妙な構造物が。

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美しいコンクリートのアーチ橋。これが開業することなく幻に終わった旧国鉄五新線(阪本線)の構造物です。五新線はここ五條市から南へ向かい、紀伊半島の山々を越えて、和歌山県の新宮市を目指す路線として計画されました。

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五條市中心部の位置関係(図1)は、こちら。五新線(阪本線)の部分を書き加えてみました。JR和歌山線の五条駅(五條市ですが駅は五条駅)の和歌山寄りから分岐する計画。

※この背景地図等データは、国土地理院の電子国土Webシステムから配信されたものを利用しています。利用の目的第8項に該当。本稿内、以下同様。

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図1の①番です。現在のJR線から左に緩くカーブする空き地がありました。これが五新線の分岐部分。

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そして、図1の②番。最初の写真と同地点、国道24号線との交差部分です。国鉄五新線は1939年(昭和14年)に、ここ五條市側から着工。この付近は1941年(昭和16年)に竣工していますので、完成からすでに71年が経過しています。

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そのまま住宅密集地の市街に続く、コンクリートのアーチ橋。鉄材に乏しい戦中だったため、節約の観点からも、このようなコンクリート製での建設になりました。

★写真をクリックすると拡大表示します★

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完成から70年以上。結局、鉄道は開通することはありませんでした。そのまま放置され、本来の目的を果たせずに終わった姿。哀しくも、市街地に続くアーチ橋は圧巻。デザイン的にも美しい光景です。

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家の路地裏にお邪魔するかのように、ゆるいカーブを描くアーチ橋。

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周囲は新町と呼ばれる五條市の観光名所で、江戸時代からの街道の雰囲気が色濃く残る地域です。

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その観光案内図にも、五新線のアーチ橋が描かれていました。

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そして図1の③番。新町の街道筋を越えて吉野川を渡る地点で、橋は急に途切れます。ここに吉野川橋梁(144m)が架けられる予定でしたが、橋脚のみが建設されただけで、未竣工。川の中には長く橋脚が取り残されていましたが、今では撤去されて痕跡はありません。よく見ると写真の左下、橋脚部分に説明板のようなものが。

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その説明板がこちら。幻の五新鉄道となっていました。この説明で気になるのは「戦後、工事が再開され、昭和34年に五條-新宮間の路盤工事が完成し」の部分と、「現在、跡地の一部は路線バス専用道路や、大学の研究機関による・・・」の部分。

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吉野川を渡ってしばらく、南へ向かう国道168号線沿いに、進入禁止と書かれた標識が見えました。そう、ここから先は、完成していた五新線の鉄道路盤を利用し、バス専用路線として利用されている区間です。図1の④番となります。

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バス専用道全体図(図2)はこちら。図1の④地点から城戸地区まで約10kmにわたって続いています。ここは戦後工事が再開され、1959年(昭和34年)までにほぼ完成した部分。当時の国鉄としては長大な五新線のうち、城戸地区の南約10kmにある阪本地区まで至る部分を阪本線として、まずは先行開業を目指すことになりました。

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沿線は吉野川の支流、丹生川に沿う渓谷地帯。図2の⑤番、谷筋を行く1本の細い道が見えました。これが五新線(阪本線)の路盤を利用したバス専用道です。単線の鉄道路盤を利用しているため、途中の離合は困難。バス1台がやっとの細道。このバス専用道は1965年(昭和40年)に国鉄バス阪本線として開業しました。

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そして図2の⑥番、バス専用道の終点、城戸です。右のスロープを上がったところがバス専用道入口。ここが鉄道としてではなく、バス路線として先に開業したのには国鉄側からの打診が引き金となったようです。国鉄の打診を受けてから、地元では完成区間でのバス路線早期開業派と、従来の鉄道延伸派に分かれて、激しい誘致合戦が続けられました。路盤をバス用に転換すれば開通区間は大幅に便利になりますが、鉄道延伸の可能性は低くなることから、地区の対立は激化したようです。そんな中、近鉄が五條-城戸の引き受けに名乗りを上げたりするなど、五新線建設は混沌とした状況に陥りました。

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結局、鉄道路盤を生かしたバス路線を暫定的に先行開業するものの、城戸から阪本までの鉄道工事も着工を約束。阪本まで完成の暁には、バス路線を鉄道路線に戻す、という形で決着が図られました。こうしてバス専用道を利用した国鉄バス阪本線が開通し、また約束通り、1967年(昭和42年)から城戸-阪本の鉄道建設も開始されることになります。(写真は城戸のバス専用道入口)

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城戸-阪本の工事はオイルショックなどの影響を受けながらも次第に進み、1970年代にはトンネルも次々と完成。しかし進捗率70%以上にまで進んだところで、国鉄財政難による再建問題に絡んで、遂に工事は中断。そのまま再開されることなく1980年(昭和55年)を最後に工事は中止となりました。ここに、阪本線(五新線)鉄道建設の夢は幻と消え、先行開業を果たしていたバス路線だけが残されることになります。写真は城戸を出たところにある城戸トンネル。バス路線にも、鉄道にもならないまま、ただぽっかりと口を開けていました。

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壁面には、まだはっきりと読み取れる銘板が。竣工は1979年(昭和54年)。工事中止1年前の完成です。

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トンネル内はこんな感じ。当たり前ですが、漆黒の闇となっていました。柵で塞がれていますので、立ち入ることは出来ません。

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それでは城戸から先の地図(図3)です。城戸から阪本までの間には、工事半ばで放棄された鉄道路線の跡が、現在でもそのまま残されています。

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図3の⑦番、国道168号線からもよく見えるのが、宗川橋梁(149m)です。続いて口を開けているのは西野トンネル(572m)。

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そして、更に南下して国道168号線から離れた細い道を進むと、谷の向こうの山中にまたトンネルが見えました。分かりにくいですが、ほぼ正面右手です。

★写真をクリックすると拡大表示します★

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これが阪本への最大の難所を越える長大トンネル、天辻トンネルです。全長は5040mで、実に5km以上。1972年(昭和47年)に竣工しました。このトンネルの手前にはループトンネルとなる立川渡トンネルが掘削される予定でしたが、その部分は完成していません。

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そして図3の⑨番、反対側の天辻トンネルです。こちらの坑口は国道168号線に面しており、最近の国道拡幅工事によって、坑口も新しく整備し直されました。

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と言うのも、この入口は大阪大学核物理センターの大塔コスモセンターとして、ニュートリノなどの観測実験に利用されているためです。最初に見た説明板の「大学の研究機関」とは、このことだったのですね。地中深くを行くトンネルのため、宇宙線などの影響を受けないのだとか。

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しかし、トンネルから反対方向を望むと、もうそこには鉄道建設の痕跡はありませんでした。この先の住宅地に阪本駅が設けられる予定でしたが、ここから先の工事は未着手。五條市街地で見た説明板には「昭和34年に五條-新宮間の路盤工事が完成」とありましたが、正確には「昭和34年に五條-城戸間の路盤工事が完成、その後、昭和55年までに城戸-阪本間の路盤工事が進められたものの中断」ですね。そして、ここ阪本から新宮市までは連なる山並みを越えて、更に100km・・・。とても建設できそうなロケーションではありません…。

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五條市に残る鉄道路盤の跡。それは、市街地中心部のコンクリート橋群、そして全国的にも珍しいバス専用路線、更に後年建設された近代的な鉄道施設・・・それぞれの時代に影響されながら、紀伊半島縦貫を目指し、地域に様々な影響を与えて消えた、国鉄五新線建設の跡でした。

★終わりに★

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と、駆け足で五條市中心部から阪本までを見てきましたが、もう1つ気になるのが、国鉄バス阪本線のその後です。鉄道延伸の可能性が潰えた後も、バス路線として存続し、JRバスに引き継がれましたが、2002年(平成14年)に廃止。奈良交通に引き継がれて、現在に至っています。写真は五條バスセンターの路線案内図。

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しかし驚くべきは、その運転状況です。現在の時刻表はこちら。JRバス当時は1日13本~15本が確保されていましたが、奈良交通となってからは7本程度に半減。更に今は・・・専用道城戸行は、平日3本(朝2本、夕1本)、休日はなんと1本限り。一番下に見える西吉野温泉行(平日のみ運行)もバス専用道を通りますので平日は合わせて5本になりますが、休日は1本のまま・・・。しかも、その休日1本のみの出発時刻は午前6時50分。これは、もう地元の人以外は乗ることすら困難な状況となってしまいました。バス専用道を行く全国でも珍しいバス路線は、全国でも最も乗りにくいバス路線でもある訳ですね。。。

このバス専用道を行くバスは、果たしてどのような利用状況なのか。そして、バス専用道全線の様子は。。。今回は2部構成。次回は、この全国屈指とも言える珍バス路線を訪ねてみたいと思います。

★次記事はこちら★

旧国鉄五新線(阪本線)を訪ねて【第二部】-バス専用道でつなぐ夢の跡-

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コメント

いそしず様
こんばんは、長野県のキャンプ場で、テント泊しながら、携帯で拝見させて頂きました。

かなり詳しい調査ですね。五条から新宮までの国道は、友人とカヤックで熊野川を下る時に通ったと思います。

長い歴史を持った鉄道路線のようですね。また川下りをやってみたくなりました。

ころぼっくる様

こんばんは。長野県でのテント泊、GW満喫されたようですね。五條市から新宮市までは100kmを優に超える長距離国道で、山また山の景観ですね。紀伊半島の奥深くを行くという感じで、豪雨災害などもありましたが、またぜひ、ゆっくり訪れてみたいと思っています。
そして、そのような山の中に、鉄道建設計画があったとは、今となっては驚きです。今回は、かなりゆっくりと沿線を訪問でき、とても面白い体験でした。鉄道が目指していた五條市から新宮市までは、バス路線で結ばれていますが、実は高速バスを除く路線バスとしては、全国最長クラスの路線なんだとか。紀伊半島は、まだまだ奥が深そうですね~^^

23歳上の姉(1920生まれ)に鉄道計画ああったとは聞いていましたが、(因みに私は五条の下の橋本生まれです) これ程詳しく調べて頂いて、鉄チャンではありませんが感謝でございます。機会があれば訪ねてみたいものです。有り難う。m(_ _)m

バルボンさん、こんにちは。
コメントありがとうございます。五新線につきましては、経緯が複雑な上、五條市に残る様々な遺構が楽しく、いつか詳しく訪問したいと思っておりました。10年ほど前から2~3度訪れていたのですが、この度、念願を叶える形で五條市に1泊2日で訪問し、詳しく現地を訪ね歩いたものです。
専用道を行くバスに乗れたのも、感動でした。五條市から目指した先の新宮へ、またバスの旅が出来たらと思っております。

はじめまして。
つい先日、気になるニュースが流れましたね。

「奈良の五新線バス専用道、9月30日限りで閉鎖へ」
専用道を管理している五條市によると、専用道内で最も新しい衣笠トンネルの状態が悪いことから、9月30日限りで専用道を閉鎖することにしたそうです。

乗ることが出来るのもあと少し…。

UBS52さん、情報ありがとうございます。
廃止のニュース、驚きました。国道と並行していますし、訪れたときの路面の様子などを考えると、やはり、という感じもしますが、それにしても残念です。未成線活用の全国的にも希少な例だっただけに、惜しまれます。
イベントなどでの活用など、模索して欲しいところですが、トンネルの老朽化では厳しい部分があるかもしれません。自動車1台がやっとの細い道だけに、廃止後どうなるのかが気になります。

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