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2011年10月31日 (月曜日)

兵庫県公館の一般開放-兵庫県発足と伊藤博文の痕跡-

JR神戸線(東海道本線)、元町駅から山側向かうと、重厚でレトロな建築物が建っているのを見ることができます。山口半六が設計し、明治35年(1902年)に建てられた、兵庫県の当時の県庁舎、現在の兵庫県公館です。

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月曜日から金曜日は県政資料館のみ利用可能となっていますが、毎週土曜日は一般開放されており、全ての部屋を見学することが可能。入場は無料で、部屋に掲げられている様々な画家の絵画も鑑賞できます。今回は、この兵庫県公館を基点に兵庫県の歴史を探索してみることにしました。

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入口で案内を聞いて、順路通りまずは3階へ。エレベーターを降りると、そこには厳かな空間が広がっていました。右手には、小磯良平の「KOBE,THE AMERICAN HARBOUR」を原画にした巨大なタペストリーが掲げられています。西陣織の迫力ある作品ですが、美術品は撮影不可ですので、掲載は出来ません。ご了承下さい。

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廊下はロの字型の回廊のようになっていて、まずは右手へ。

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そこにあったのは知事室です。と言っても、今は県庁第2号館6階が知事室となっていますので、こちらの利用は多くはなさそう。ここの壁に、先ほどのタペストリーの原画が飾られていました。

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さらに進んで、こちらは第一会議室。

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シャンデリアの形も印象的です。

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続いて、こちらは貴賓室。内部は立入禁止となっていました。

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そして、ロの字型の通路の中央、3階の屋上庭園です。今ではビルの屋上緑化なども盛んになって来ましたが、この当時の設計で屋上庭園というのは、斬新だったに違いありません。

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次は県政資料館などのある2階へ。

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兵庫県公館は先述の通り明治35年(1902年)の建築ですが、昭和20年(1945年)に戦災により内部が焼失しており、修復されて現在に至っています。平成15年(2003年)には国の登録有形文化財に指定されました。

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兵庫県の発足は1868年。初代知事は、あの「伊藤博文」です。1885年(明治18年)日本で最初の総理大臣になった人ですね。

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2階には、兵庫県公館の精巧な模型も。

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そして、中2階のような場所から1階に戻ってきました。

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1階には収容600人の大会議室があります。ちょうど、この上が屋上庭園。

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大会議室には花のようなシャンデリアが。実は兵庫県の花「のじぎく」をデザインしたものなのだとか。

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戦禍を乗り越え、100年以上にわたって県政を見守ってきた兵庫県公館でした。

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一方、ところ変わって、こちらは大倉山公園です。神戸市営地下鉄を使えば県庁前から1駅のところ。

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ここに、重厚な石造りの建築物がありました。実は、こちらは伊藤博文の銅像が立っていた台座です。伊藤博文の銅像は、戦時中の金属供出により撤去され、復元されることなく現在に至っています。

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台座の建築は1911年(明治44年)。武田五一の設計といわれる石造りの台座は、国会議事堂のデザインとの共通性も指摘されているようです。

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そして、大倉山公園から南へ行くと、湊川神社があります。実は、この本殿右側にも、かつて伊藤博文の像が建てられていました。しかし1905年、日露戦争講和条約に端を発した暴動により引き倒されてしまっています。

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更に場所を移して、こちらは兵庫運河です。和田岬を回避するため、難工事の末、1899年(明治32年)に完成した日本最大級の運河です。現在はキャナルプロムナードとして遊歩道も整備されました。

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そして、ここに兵庫城跡、最初の兵庫県庁の石碑が。実は兵庫県庁は当初この地にあり、そのため「兵庫県」という県名になったと言われています。伊藤博文が県知事を務めた当時は、こちらが県庁だったという訳ですね。その後、大久保利通の「開港場である兵庫県の力を充実させるよう」との助言もあり、当時は別の県だった周辺の豊岡(豊岡県)、姫路(飾磨県)、そして淡路島(名東県)を合併して、現在の兵庫県が誕生しました。

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旧県庁、兵庫県公館から初代知事伊藤博文の足跡をたどって兵庫の港へ。神戸市内の歴史散策ウォーキングでした。

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